top of page

Tableau実践問題集 #TableauChallenge を作りました。

AI🤝BI の世界観を考える

1 日前
読了時間: 16分

更新日:1 時間前


公開日: 2026/09/13
最終更新: 2026/09/14
 - AIによるダッシュボード作成や編集に関する内容を加筆 (2026/09/14)

参考資料
- Business intelligence: A complete overview
- BI’s Second Unbundling
- The Shape and Feel of the Post-AI Data Stack
- The scarce resource is consensus

この記事では、AIとBIを対立ではなく協業として捉えたときに、BIプラットフォームから何を外し、何を求めるべきかについて考えたことを書きます。 ちなみにタイトル中の「AI🤝BI」ではAIとBIが握手してます。コラボレーションですね。


Tableauユーザーとして、このままTableauを使い続けるのか、もっと生成AIに寄せるのか、別のBI製品を検討するのか。この問いをこの2年ほど持ち続けていました。

また最近はAI vs BI、あるいはAI or BIという対立軸そのものが、そもそも正しくないのでは、と感じてきました。製品の機能で比べれば各社の差は縮まっていて、それよりも、その製品がどんな世界観を持ち、人とAIがどう協業する形を想定しているかの方が効いてくるのではないか。

これらの問いに対して一度整理して言語化しておきたい、というのがこの記事の動機です。


ひとりのBI実務家の、暫定の見立てとして読んでいただけたらと思います。



そもそもBIとは何か


まず前提として、自分はBIをツールではなく、データから価値を引き出すためのプロセスや取り組みだと捉えています。

例えばTableauの記事では、BIは特定のモノではなく、業務のデータを集め、蓄え、分析して成果を上げるためのプロセスと手法の総称だと書かれています。


つまりBI製品について論じるときは、BIツールの個別機能、たとえば可視化の作成について語るのではなく、プロセスと、それを支えるプラットフォームについて論じる方がよいと考えています。この記事も、個別のBIツールの機能ではなく、BIプラットフォームの話に焦点を当てます。


では、BI プラットフォームはプロセスのどこを支えているのか。自分は、データの置き場と、データを使う人の間に置いて考えています。


データレイクやデータウェアハウス、レイクハウスといったデータの置き場に直接触っていたのは、エンジニアや一部の分析者でした。データを使う人の多くはSQLを書きません。そこで、誰が何を見てよいか、どの数字を正とするか、どう計算するかを決めて配る仕事を、BIプラットフォームが中間層として引き受けてきました。権限制御、何を正とするかの管理、場合によってはセマンティックやビジネスロジックが、ここに置かれてきたものです。





AIがBIを置き換える、という話でのBIは、たいていツールの側を指しているように見えます。チャートを作って見るという操作の部分です。そこは手段の話なので、AIが担う場面が増えていくのは妥当だと思っています。


一方で、中間層が引き受けてきた決め事の仕事は、置き換わるものではなく、これまでどおり誰かが持ち続けるものです。 (それをBIプラットフォームが持つか、データウェアハウス側が持つか、という議論があると思いますが...こちらは文末の余談で触れます。)


この記事の問いはここからです。AIと協業する前提で、BIプラットフォームとその上のツールから、何を外し何を求めるかについて考えます。



何を外すか、何が過剰に見えるか


最近、AIのチャット画面にTableauのダッシュボードを埋め込む実験をしていました。これはAI時代のBIユースケースの探索を意図したものでした。



この実験は機能検証として楽しかったのですが、一方で「そもそも何のためにダッシュボードを埋め込み、AIと一緒に使えるようにするのか」という問いも気になりました。機能は分かったが、これはどんな価値があるのか?そもそもAI前提のデータ活用におけるダッシュボードの価値って何か?と。


上記の実験もそうなのですが、アドホック分析はAI側に流すことが主流になりますよね。その前提の元でダッシュボードに残る価値として感じたのは、以下の2つでした。

  1. 浅いところでのUI操作によるクイックな分析。

  2. 正確な集計値と指標の提供。


ここで「ダッシュボード」という言葉が指す対象について、大きく2種類あることに言及します。

  • アドホックな分析の結果として作られたチャートの集合体としてのダッシュボード。

  • 組織の全員が定常的に見るべき指標やデータがまとまった、定点観測と合意形成のためのダッシュボード。


生成AIやコードによるBIの代替をめぐる議論は、この2つを混ぜて語られていることが多いように見えます。前者はその場の問いに答えるためのチャートなので、AIが都度作ればよい場面は確かに増えていくはずです。後者はその場の問いより前にある、アドホック分析の土台になる合意を作るためのものなので、話が別です。


その上で、前者のアドホック用途のための機能や作り込みは、外して良さそうだと感じることが増えてきました。





2025年ごろまでのTableauの機能訴求を振り返ると、インタラクティブ性やリッチな表現、クリックするといろいろなものが動くダッシュボード、アクションやアニメーションなど、視覚的なアドホック分析の可能性を広げる話が多かったと思います。

自分もそうした作り込みを楽しんで学んできた側ですが、合意の面としてのダッシュボードには、インタラクティブ性を求めることは少ないですよね。早く必要なデータが見られることが主な関心で、簡単なフィルター数個で足りるという場合が多いのではないでしょうか。

(その意味でTableau Pulseは良い設計をしていると思っています)


またアドホックな問いは、BIプラットフォームの中のデータだけでは閉じないことが多いですよね。ドキュメントの置き場やSlackにある文脈と合わせて初めて答えが出て、そこからインサイトを届けて議論し、意思決定してアクションするところまで続いたりする、など。

アドホック分析をAI側に寄せれば、MCPのような仕組みでBIを含む複数のツールに同じ会話からつながれるので、この流れを断絶させずに済むというメリットもあります。



同じものを見て共通認識を形成する価値


一方で、AIが入ってもBIに残り続けるべきものがあると考えています。 全員が知っておかなければいけないベースラインとしての面を担保し、それをAIにも利用可能にする役割です。


この話は複数の観点が混ざるため、段階的に述べていきます。


ベースラインは定義と見方でできている


アドホックな問いをAIに渡すとして、問いを立てる前に組織が持っておくべきものは何か。自分は、定義と見方の2つに分けて考えています。


定義は、売上とは何を指すか、どの粒度で数えるか、どう計算するか、という部分です。

これはセマンティック層(Tableauならパブリッシュされたデータソース)の仕事で、指標だけでなく、切り口や粒度もここで揃えられます。整っていれば、AIも人と同じ定義で答えます。


見方は、どの数字を先に見て、そこからどこへ掘り、どの数字とどの数字を並べて読むか、という部分です。

どの指標をどの集計で使うか、まではセマンティック層に定義として書けます。ダッシュボードが持っているのはその先で、複数のチャートとフィルターの集合体として、ドリルダウンの順序や集計値たちの関係という組み合わせまで含んでいます。厳密性は無くなりますが、人間がデータをどう組み合わせて使うべきかという、言語化されていない暗黙知に踏み込んでいるのがダッシュボードだと捉えています。


ちなみに: 暗黙知を暗黙知のままにしないことも重要になりそう

ダッシュボードは暗黙知を持つという話をしましたが、一方で生成AIとの協業を考えると、暗黙知を明文化する必要は出てきますよね。この話は余談2で触れます。

同じものを見ることの価値


組織が同じダッシュボードを見ることの価値は、この見方ごと共有できるところにあると考えています。

定義が揃っていない組織では、部門ごとのダッシュボードを持ち寄ると同じ売上のはずの数字が食い違い、どれが正しいかの照合から会議が始まります。これはセマンティック層で解ける問題です。


定義が揃った組織でも、別の問題が残ります。

例えば次のような状況を考えます:営業は地域別、商品部は商品別、マーケは顧客層別を見ていて、どの数字も正しい。ただ、地域の伸びが特定の商品の落ち込みを隠していることには、誰も気づかない。

部分は全員正しいのに、全体を誰も見ていない状態です。





同じダッシュボードを見る価値はここにあります。切り口の集合ではなく、切り口たちの関係と見る順序を、全員が同じ形で持てることです。

データコミュニケーションを「どれが正しいか」でも「自分の切り口ではこうだ」でもなく、「全体で何が起きているか」から始めることができます。


この価値は、AIが入っても変わりません。セマンティック層が用意しているのは、指標と切り口のメニューです。text-to-SQL的なアプローチでは、そのメニューから各自が自分の問いを選び、それぞれ正しい答えを受け取ります。


足りないのは、答えの正しさではなく、問いの共有ですよね。 先ほどの例のように、問いを各自に任せる仕組みだけでは、全体を見る問いを誰にも立てさせませんよね。部分は正しく全体は誰も見ていない状態に近づいていきます。





ダッシュボードは、そのメニューから組織が選んだ問いの組み合わせを固定し、問いを立てる前に見てもらう、認識を合わせてもらうためのものだと考えます。 担保しているのは計算の正しさではなく、組織として何をどう見るかです。合意された全体の面を先に置き、そこから深掘りに出る順番を担保することは、AIにより深掘りがしやすくなった現在だからこそ、価値が発揮されるようにも思います。


人とAIが同じダッシュボードを見ることの価値


そして、この価値は人間だけのものではなくなってきています。


冒頭で触れた「AIのチャット画面にTableauのダッシュボードを埋め込む実験」は、AIのチャット画面にTableauのダッシュボードを埋め込み、人とAIが同じダッシュボードを見ながら、その中のデータをAIに分析させるところまで作ったものでした。


触ってみて面白かったのは、埋め込みの仕組みそのものより、人とAIの間にもベースラインができることでした。

組織が合意して使っているダッシュボードを、そのままAIと共有する。人とAIが同じダッシュボードを見て、状態の認識を揃え、アドホックな分析はそこを起点に進めていく。人間が問いと見方を持ち、AIがデータを掘り、一緒に示唆を得ていく形です。

同じダッシュボードを起点にしていれば、AIが掘って出てきた示唆は、全員が知っている集計値と見方の延長として持ち帰れます。

各自が好きな問いをAIに投げる世界では、正しい答えが人の数だけ生まれて、組織の議論に戻ってこない可能性がありそうだなと。起点が同じなら、インサイトを届けて議論し、意思決定してアクションする流れが、人とAIの間でも切れずにつながるのではと思っています。組織の観点から始まり、組織の議論に戻るようなイメージです。



個人の分析が速くなるだけでなく、組織の合意を起点にした分析が速くなる。それがこの形の面白さなのかなと予想しています。

(予想していると書いているのは、実世界ユースケースに辿り着けていないため...)


製品が持つデータ文化の醸成能力が大事かも


とはいえ、作法を組み込んだダッシュボードを置けば、組織の合意が自然に生まれるわけでもありませんよね。


Tableau自身もBlueprintの冒頭で、データの価値を引き出すことは「テクノロジーだけでは実現できない」と書いています。ダッシュボードがあっても、それを見て、どう読み、何をするかの文化が使う側に育っていなければ、同じものを見る価値は出てこないのかなと。




機能ではなく、使った結果の状態を見る


可視化はもうJavaScriptやPythonでいいじゃん、という世界は全然あると思っています。チャートを作る操作だけを取れば、正直もう何でもいいですよね。生成AIでアーティファクト作る形でも、コード生成してもらう形でも。


一方で最近の自分がBI製品を見るときに気にしはじめているのは、ツール単体の機能や価格よりも、そのツールを使った結果や状態です。その製品の導入や活用により、どういう組織の状態や人の状態が実現されるのだろうか、という点です。


可視化の機能は製品間で大きな差は無く、共有性やガバナンス観点も同様にBI製品なら一定は機能として持っていて当然、AI親和性も(製品組み込みのAI機能は置いておいて)APIとMCPが揃っていれば、製品間に大した差はないはず。


この部分だけ見れば、価格で導入製品を決めてしまえば良いようにも思いつつ、だからこそ「AIもデータも使う人間に、製品がどう向き合うのか」「この製品を入れたら組織や人間の文化がどう変わるのか」の方が、実は大事なんじゃないか、という仮説です。





目指す状態そのものは、生成AIが入ってきても変わらないと思っています:データで判断する人が増え、共有し協働するネットワークが組織にあることかなと。

例えばTableau Blueprintはこれを3つの能力として言語化していて、教育やコミュニティまで含めて文化を大事にする枠組みが確立している点は、結構いいことなのではないでしょうか。


製品が人間に向き合う姿勢は、当然ですが機能の表には載りませんよね。

学ぶ道筋、使う人どうしがつながり称えられるコミュニティ、専任でない人でも作って配れる思想、そしてそれらが製品から発信されていること。Tableauに限らず、他のBI製品のエコシステムにもある仕組みだとは思いますが。


AIと一緒に作れることで、裾野が広がる


この「専任でない人でも作って配れる」を、AI時代にどう実現するかも気になっています。見る人だけが増えて、作る人が専任者に固定されたままでは、データで判断して共有し合うネットワークは広がりませんよね。


その意味で、AIと一緒にダッシュボードやデータソースを作れるかどうかは、作成者のスキル要求を下げる観点で、割と大事な機能観点だと思っています。

GUIやローコードが担ってきた、裾野を広げる役を、AIとの共同作成が引き継いでいくイメージです。


作った成果物がプラットフォームの内側に載り、セマンティック層の定義を使い、権限の範囲で共有の場に配れるものを、専任でない人がAIと一緒に作れること。

組み込みAIでもMCP経由でも構いませんが、この形がAI時代のBIプラットフォームでは重要になると感じています。





AIは使う人の力を増幅するとして、データもAIも使えるのが専任者だけという世界は、組織の中の格差になり面白いコラボレーションを阻害するかもしれませんよね。データもAIを使える人を専任者の外まで広げる世界観を、BI製品に自分は求めたいのかもしれません。個別の機能の優劣ではなく、プラットフォーム性やデータ文化を求めたいのかなと。


もちろん...数年後にどうなっているかは知りませんが、当面は分析の起点も意思決定も行動も人間の仕事なので、その製品が持つ人間巻き込み力とか裾野の広さって、一周回って貴重な資産になり得るのではないか、と。 AI時代で技術的な敷居が下がったり自動化や効率化が進んだからこそ、一周回って人間と組織文化に焦点が向くのは、ちょっと面白いかもしれません。



最後に


ということで、AIとBIを協業として捉えたときに、BIプラットフォームから何を外し、何を求めるのが良さそうかについて、思考を整理して書いてみました。


アドホックな分析はAIに渡し、人とAIが同じ状態を見て合意する面はBIに残す。そして、その面を専任でない人もAIと一緒に作れることと、その面を使う作法とコミュニティを育てる世界観まで含めて、BIを見たい。

これが現在の自分の「AI🤝BI」観です。


質問などありましたら、XかLinkedInまでお願いします。 そして末尾に、余談を2つ置いていきます。


余談1:Lookerや、BIを取り込んだデータウェアハウスではダメなのか


作り込みを外していくほど、データウェアハウスに付いてくるBIでも足りる方向に寄っていきますよね。SnowflakeさんとかDatabricksさんとかもBI機能を取り込んでいる流れもありますし。Lookerさんはもっとデータ側に近いBI製品ですし。 もっと率直に言えば、Tableauをこのまま使い続けて大丈夫かは気になりますよね。自分も気になっています。BIプラットフォーム機能は必要だが、そのままBI製品とイコールであるべきなのか、という点でも。


今のところの自分の考えとしては以下です:


  • データ文化が組織に根づいてデータチームが確立し、そのチームが指標も見方もコードで管理したい段階になったら、LookerやDWH側のBIに寄っていくのは全然アリだと思います。

    • 実際にデータスキルが成熟してくるとTableauでやりにくい部分があるのも事実...

    • ただし高度なデータスキルを持つチームを全組織が揃えられるかというと、ちょっと現時点での見立てでは怪しいかなと。

      • AIが進化しても人間が進化しきらないとか、色々な事情が現実にはありそう。

    • ユーザーライセンスモデルな複数BIを持つことの辛さは生じますが、一方でTableau Cloudも容量課金モデルが出たりと、この辺りは解消されていきそうな予感...


  • データやITを専門にしていないがダッシュボードやセマンティックを整える役を担っている人まで巻き込んでデータ利活用を進めたい組織では、業務側の人がGUIや使いやすいインターフェースを持てること、ローコード的世界観も価値が残ると思っています。

    • 生成AIが技術の敷居を下げても、全員がコードベースでBIを管理したいという欲望を持つわけではない、とか。

    • そもそも全員がCodexやClaude Codeを使えない、使わせてもらえない、とか。


ということでTableauの立ち位置についての今の見立ては、データ専任でない人まで含めて展開できるBIプラットフォームに寄っていくのでは、というものです。

ただし、GUIで作法を持つ人まで巻き込む段階そのものが、過渡期なのかもしれません。どの製品が正しいかではなく、自分の組織がいまどの段階にいて、どんな人にデータ利活用の主導権を持たせたいかで選べばいいのかなと思いました。


余談2:生成AI前提のBIプラットフォームに欲しいと感じるもの


最近思うんですよ。一旦Tableauの話としますが、ダッシュボードとかTableauデータソースって人間が(一定の組織ルールに従うことを念頭に)使うことを前提としていた一方で、Tableau MCP等でAIが使う場合が増えてきたときに、前提が覆ってきたなと。


人間を前提にインターフェースや権限設定、ガバナンスを作ってきましたよね。今は、その資産をAIが使う場面が増えています。この前提の変化から、欲しいと感じているものが2つあります。


1つめは、人間とAIで、見られる範囲とできる操作を分けられることです。こういうBIプラットフォームがあったら、すごく素晴らしそうだなと。





これを考えるきっかけの1つが、Tech-Verse 2026のセッションで初めて知った、ID-JAGというコンセプトでした。企業のIdPを介して、ユーザーとアプリの組み合わせごとに権限を絞るOAuthの仕組みです。


AIが別のアプリとして動くなら、同じユーザーでも人間とAIで範囲と操作を変える土台になりそうで、面白いなと思っています。

本文で「BIプラットフォーム機能はあまり差別化にならない」旨を書きましたが、このような人間とAIを分けるガバナンスが出てきたら、それは大きな差別化になりそうですよね。とっても欲しいです。


いまBI製品のAI親和性は、大きく「組み込みAI機能」か「MCPやAPI」の2つで訴求されている印象ですが、ガバナンス面でのAI親和性が出てきたら、その世界にガッツリ乗りたいなとも思っています。

(そういう話がTableau ”Next"として出てきたら爆アゲしそう...BIプラットフォームとして圧倒的に次世代感ありそうじゃないですか?)


2つめは、定義だけでなく見方を、AIが読める形で持てることです。

本文で書いたとおり、セマンティック層に書けるのは指標と切り口のメニューまでで、どの指標から見てどこへ掘り何と並べて読むかは、ダッシュボードに暗黙知として埋まっています。


いまはこの言語化を、AI側のスキルやプロンプトの整備という形で、人間が肩代わりしていますよね。BIプラットフォーム側が、ダッシュボードに込めた見方をAIが読める形で出せるようなコンテキスト層も持てたら、ダッシュボードの価値をそのままAIとの協業に持ち越せそうだなと。

Tableauの世界観だと、Tableau Conference 2026で出てきたKnowledge Engineがこの話に近そうです。


ただし、これがBIプラットフォームの中に閉じてしまうと、また別の囲い込みになりますよね。定義の方は、Open Semantic Interchange(いまはApache Ossieという名称になったらしい)のように、ツール間で交換する仕様が動き始めています。見方の文脈も同じように、他の場所へ持ち出せて、同期できる形であってほしいなと。

ちなみにSalesforce/TableauはOSI/Ossieを共同主導しているので、Tableau Knowledgeは上記の世界観をサポートしてくれそうな予感(というより楽観)が個人的にはあります。

以上、余談2つでした。




© 2023 by Actor & Model. Proudly created with Wix.com

bottom of page